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帰国が決まったとです。

拝啓。
まだタイにいます。
そしてこないだ来月の22日に帰ると宣言しました。

が。

やっぱりまた遅らせます。あは。
結局28くらいに帰ります。別府着もぎりぎりってかオリエンテーション余裕でサボる予定です。

駄目ね。いつまでたっても帰れない。
実際最近結構日本の家族とか友達とか大学生活とか日本食とか恋しくて、そろそろ帰りたいなぁなぁんて思う事もあるんだけど、でもね、やっぱりまだまだなんか足りないんです。

人間関係の上で最低限の言語につまずいて、悔しくってまた勉強始めたのが実は一ヶ月前という遅いスタートを切ったんだけど、それが何か楽しくってこれからだって時に帰国。

さらにまだまだ色々いきたりないんですわ。
周辺国も一通りいったけどまだどっぷり漬かって来た感ないし。
タイの北地方にも長期滞在したかったけどまだできてないし。
念願のビルマ訪問もしたいけどまだしてないし。

あぁぁぁ。もうタイムリミットー。
ピーターパンはネバーランドから現実社会に帰る時間らしいです。

って所でため息突いてたら、なんと今隣なのにくそ高いバンコク-ビルマ線のチケットが破格の2500円程度(片道、税抜き)ででてるとのこと!

なぬーーーーーーーーーーーーーー!

一気に心拍数上がって目かがやいちゃったからね。

こりゃいくっきゃないでしょ。
お金ないけど、使い果たしたけど、日本帰ったら貧乏底なし状態だけど。

この経験は金にはかえられねぇぜ。

ってことで、多分来月行ってきます。
ビルマへ。

いぇい。
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by sykkngw | 2006-08-28 20:19

信仰だとかなんとか。

自分の周りの状況やら、感情やら、環境やらに対して、怒ったり、不愉快に思ったり、すねたり、泣いたり。時には必要だけど、それに翻弄されてはならない。

感情に飼いならされるな。
感情の家畜に成り下がるな。

今日読んでいた雑誌にあったタイの尼僧の言葉が妙に心にささる。

いやぁ、仏の道に入ろうとはおもはないけど、仏教の様々な言葉に真実をみるね。
ま、真実なんて人それぞれだけど。

実はこの一ヶ月間バンコクの隣の県のノンタブリという県にあるイタリア系のカトリックの孤児院のようなところで住み込みのボランティア、というかインターンシップをしてきた。(ちなみに2日前に帰ってきて疲れがどっと出て熱でました。。。)

いやぁ、別にカトリック系オーガナイゼーションを選んだ理由なんて特にないんだけど、その団体の一員として、さらにどちらかといったら指導的立場に立たされた以上私のモットー『郷に入れば郷に従え』に従わなければならない。
しかし一方で、どうも信仰というものに対してアレルギーがある為、なかなかすんなりとそのカトリックを絶対とし、それを前提としているこの団体の、様々なミサをはじめとする行動やら方針に違和感を感じていたのも事実だった。

宗教が存在すること自体は否まないし、誰かが信仰していれば、よほど特別な例外をのぞけば、何であっても大きく受け入れる。むしろ宗教が原動力となり他の人を助けたり、プラスの力に働くこともしばしばあり、この団体も然りである。またただ単純に何かを信仰するということ自体の力の強さというものには驚嘆、時に尊敬の念さえも感じずには居られない。

けれども自分自身はそれらから一歩はなれた存在でありたいと思う。
まぁ、もっとも私も他の大多数の日本人のようにお寺にも行けば神社にもいき、クリスマスだって祝っちゃえば断食すらしちゃう(嘘)からこの言葉に真実味はなく、そこは自分でも矛盾してるなぁと考えているところなんだけどね。

これらはあくまでもある種習慣の一部でしかなくて信仰というのとはまたひとつ違ったもので、
一方で私自身仏教に対し哲学として多々興味を惹かれたり、共感する部分があるけど、どうもそれだって『神』というとても具体的で絶対的であり、且つとめどなく抽象的な存在と結びついてしまい、アイディアの次元を超えた時点で、たちまち姿を変えてしまう。

私にもある種の信仰はある。
一種のアニミズムに近いのかもしれないが私は自然を信じる。自然の力。それは計り知れない強さ、やさしさ、美しさ、たくましさ、生命力、順応力・・・・
私の信じるものは何も絶対的でも具体的でもない。ただ漠然と自然ってすごいやーっていうアレである。あの自然に抱かれたときに感じるアレを信じるだけであり、結局私たち人間なんて自然の中のちーっぽけな一部でしかなくって、どーこーわめいたってこのでかい宇宙のでかいスケールの中のとめどない時の川の流れのなかの一部でしかないっていうことなのだ。
私のこの考えを伝えたときに、悲しくなるっていう人が居たが何も悲しくなる必要はないとおもう。それがこの世の中なのだ。そういうものなのだ。と私は思う。

人間どうあがいたって所詮この世のちっぽけな砂粒ひとつにも満たない存在。
人間にできないことはないだなんてつけあがってはいけない。

なんでだろう。私はこの宇宙における自分の存在の小ささを実感するときに幸せを感じる。
肩肘張らないでいいじゃないか。
ってね。

母なる自然っていうけどあの言葉には真実があると思ふ。

まぁ、落胆せずにできる事ひとつずつがんばってやってきましょ。
ちっぽけな砂つぶにだって何かを愛して、大切にして、この世の中をよりよくするために頑張ることはできるのです。

というかしなくてはならないのです。

ってことで。

長くなっちった。
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by sykkngw | 2006-08-25 19:50