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少年とケイ。-島日記ー2

パンガン二日目はケンさんのすすめで、トンサラという船着場までいき、イカ釣り用の竿を買ってきた。威勢良く、見よう見まねでイカ釣りを始めるものの・・・
一向につれず。そのうちけいちゃんと二人で遊びだし、遊び疲れては休みながらクッキーを食べていた。随分してからケンさんとようこさんというケンさんのお友達が応戦にきてくれたので、『よし!』と景気づくものの、やっぱりつれず。

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そのうち四人でなまことったり、なまこの裁き方について口論したりしつつも、結局ようこさん案の『輪切り』ではないということしか判らず、結論は闇にほうむられ、なまこは海にほうられる。
ようこさんの第一印象の不思議でどこか神秘的な雰囲気とは大きくかけ離れたテキトー主義の天然記念物だと言うことが薄々わかってきた。なまこ、輪切りにするもんか!人は見た目によらないということを学んだ。
寒くなりつつ、意地でイカ釣りを続行していたものの、飽きやすい私と計ちゃん二人はそそくさと先に部屋にもどり、そのあと四人で夕食に出かけた。散々たべた。結局今日は島内散策して、釣れない釣りして一日が終わった。でも寝る前の星空と波の音に癒されて気持ち良く11時には就寝。極めて健康優良児。

パンガン三日目。前日にトンサラであらかじめ予約しておいたシュノーケリングツアーに参加するべく、島の正反対の海岸、ハートリンにバイクで向かう。私たちの宿泊しているところからハートリンまでは約一時間弱。しかし、その道は凸凹なんてもんじゃなく、救急急勾配の連続を走らなければハートリンにはつかないのだ。ここで多くの人が事故を起こしてると聞いていたので、二人とも不安の色をかくせない。もしも事故を起こしたら・・・怪我しても保険きかないし、修理代吹っ掛けられるし・・・・たまったもんじゃない。本当に急急急勾配なので、みんな調子乗ってスピード出してりゃそりゃこけるわ。と納得の道を私たちは亀のようにゆっくり走ってました。
安全第一です。ホント。
ジェットコースターばりの坂を時速25キロで走りぬけ、ハートリン着。しかし坂を登りつめた所から臨むハートリンの湾は美しかった。
さて、シュノーケリング主催の旅行会社で出発をまつ。時間がきたら、スウェーデンの男性3人(ゲイ疑惑あり)とタイ人夫婦とガイド、運転手と共にしゅっぱーつ。ロングテイルボートに揺られ、数十分、パンがんのとあるビーチでシュノーケリング。海の透明度+魚の色鮮やか度的にはクラビーが勝るんだけど、それでもやっぱり気持ちが良いもんだ。おっちゃんが魚に餌をやっていた為、魚が大量に集まり、その中に紛れ込むたびに時々体を魚についばまれた。シュノーケリング初体験のけいちゃんもびびっていた。そりゃびびるわ。ってかおっちゃん餌やりすぎ。おっちゃんのサービス精神が裏目にでた。

その後進みだした船の向かった先の浜でチャーハンを頂く.
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昼食後に向かったのは滝をみるスポット。浜でソンテウという小型トラックのような乗り合いバスに乗り換え、滝へ向かう。ここで今までクールキャラを装っていたガイドのオーは本性を現す。まるで水を得た魚のように誰よりもはしゃぎ、猿のようにキャッキャして岩によじ登り、木にぶら下がり、水に飛び込んでいた。ずーっと彼よりも体のでかい白人旅行客が軟弱に見えた。仕事そっちのけで楽しむ彼が何だか一番輝いていた。まぁ、そんなこともあるでしょう。

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お坊さんに連れられて、海で遊ぶ少年僧を横目に船に乗り込み、次なるビーチへ。ほぼ人気の無い美しい陸の孤島につき、スイカの端切れをもらう。みんなが浜でスイカを分け合っている時に一人でシュノーケリングに夢中になり、自分の世界に入っていたため、スイカ前線に遅れをとってしまったのだ。残念ながら、あまり物にはあまり福はなかった。

シュノーケリングしても何も見えなかった。たった一つの貝殻さえも。生き物の気配が全く感じられない、不思議に透き通った海だ。そう思っていたのも束の間、少し先で釣りをしている白人二人とガイドのタイ人を発見。いつも通りの興味本位で近づくと、白人のおっちゃんが私にも釣りをさせてくれた。すると何と二回目に放り投げた竿に見事キスが釣れた!すごい!私けっこうやるじゃん!簡単かも!

とは言いつつ、未だにイカは連れる気がしないのは、昨日のトラウマのせいでしょうか。はてさて。

ここで一つ。
世の中には見えない方が幸せなことがある。
今ゴキブリが1M先を走っていた。
見なきゃ良かった。

さて気を取り直して、本題へ。
今日は船での移動が長かった分、無防備な背中や腕は熱を持っている。というか、赤黒い。帰りのバイクのミラー越しに見える自分の腕の黒さにおったまげた。これでタイ人間違いなし。おめでとう、ありがとう。

帰るとボボかブブかロボか、よく名前は分からないけど愛嬌のあるゴールデン(口臭きつい)の歓迎を受け、私はそのままやつと砂浜で遊んでいた。ぎゃーぎゃー良いながら一人と一匹ではしゃいで寝っ転がって、海は入ってを繰り返していた。奴は無邪気で都会の犬より自由だ。走りたいときに走る。眠りたいときに眠り、笑いたけりゃ笑えばいいじゃないか。(犬も笑うのご存知ですか?)やっぱりその自然体に尽きるよな。それが本来のすべての生き物のあるべき姿なのかなと思わされる。バンコクの犬やら日本の繋がれた犬、飼われた犬などを見ていて本当に申し訳なくなる時がある。暑いアスファルト灼熱地獄を彷徨い、全て人間を基準に作られた町で肩身狭く生きている犬をバンコクでよく見かける。彼らはどんな気持ちでいるのだろう。目の前の自由な奴を見て、少し想い馳せてみた。

そして一人と一匹で心裸にして散々じゃれあって砂浜に寝転んでいたら、人生難しく考えなくても実はすっごいシンプルなのかもって思えてきた。何がそう思わせたのは未だにわからないけど。
多分、海と空の偉大さと、私と奴のちっぽけな無邪気さのコントラストがそう思わせたのかもしれない。


その後は前述した通り、ビルマ人の二人とちょっと雑談してから、夕食を外で食べようと身支度をしている時に、洋子さんの呼ぶ声が。

はーい。どうしたんだろうとけいちゃんが表に出てみたところ、ケンさんと洋子さんが夕飯を振舞ってくれるとの事!聞くところによると、二人は私たちに食べさせるために一日かけて以下を釣りにいってくれたという!何と言うことだ!思いがけない優しさが心に染みる。あったかーい。

二人が作ってくれたのは、イカの刺身とイカとトマトのパスタ!嬉し過ぎる!ってか美味し過ぎる!幸せ!愛をたっぷり感じて幸せいっぱい、腹いっぱい!
ビルマの二人も呼んで、5人で夕食を囲んで楽しく過ごした。
この時もやっぱりようこさんは相変わらずの調子で天然記念物を発揮していた。流石だ。そして時々洋子さんとケンさんは些細なことでもめだす。その時のきまずさを私とけいちゃんは楽しんでいた。

この夕食の時に、前述したようなビルマ逃亡記などの話を聞いたのだ。あの二人は元気にしているだろうか?心掛かりだ。

そんなこんなであっという間に夜も更け、最後の晩、眠りについたのだった。


翌日は午前中に、ケンさん、洋子さん、ボボかブブ、そしてビルマの二人に別れを惜しみながらも宿をでて、
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昼の船でスラータニーへむかった。夕方に着いたスラータニーの旅行会社の近くでお祭りがあり、屋台がしこたま並んでいたので、しこたま食べてきた。

バスでは寝たような寝てないような幹事で朝早くにバンコク着。お疲れ様。

うむ。背中の日焼けが消える前にまた行きたいな、パンガン島。

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by sykkngw | 2006-04-26 18:31 | きままに旅日記。

少年とケイ。-島日記ー

3月末にけいちゃんが遊びにきてから、日記アップするするいっときながらしてなかったので、します。

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ということで早速いってみよー。

けいちゃんがタイに遊びに来て、私の授業が無いときに、どこかに遊びに行こうということになっていたのだけど、さぁて北にいこうかはたまた南に行こうか。議論に議論に議論を重ね、地球の歩き方のページをめくるたびに意見が変わり、どうにもこうにも超ド級の優柔不断を発揮しまくった私とけいちゃん。結局丸2日の議論の結果、南に決定!南に決定したは良いものの、どこにいこうか・・・・とこれまた議論に花が咲く。ってか早く決めようよ、二人っていう。
結局、素朴な島民とのふれあいを期待してKOH PHANGANに向かうべく、バンコクのカオサン通りから出発する大型バスを待つ。
夜行バスなのでお腹すくだろうと、しこたま食料買い込んで、バスを待っている間、周りで気ままにタバコふかしている欧米旅行客尻目にがむしゃらに食べていた。さぁて、バスに乗り込んでから二人で相変わらずの落ちのない漫才の調子で話をしていたら、近くの席のカナダ人に話しかけられ、最初は他愛も無い話をしていたのに、いつのまにか政治や哲学の話に発展し、思わぬところで熱くなってしまった。ふぅ。
 
さて、途中でトイレ休憩を挟んで南のスラータニーについたのは朝の6時。ね、、、、ねむい。そこで一時間半待ってからパンガン島行きの船に乗り換える。三時間もかかる。眠いのになかなか眠れずはやる海への気持ちにほだされ途中から甲板にでてみた。
が、、、暑い。
二人とも室内に戻るのが面倒くさいからか、はたまたしょうもない意地なのかそのまま甲板に残り、南の日差しの強さを肌で感じた。いや、しかしこりゃまだまだ旅のオープニングにすぎないのです。

勧誘のままにいったバンガローは安いし眺めは良いってことで、まぁ良かったんだけど、最初の言い分と話が違うってことでトラブルになって、少年ぶちぎれ。内容的にはたいしたこと無い話なんだけど、こすい相手のやり方が嫌で、ひさしぶりに金川ぶちぎれ。あ、けいちゃんごめんね。

さて、はじめの宿に苛々していたので偶然近くのみにマートでであった日本人、ケンさんの泊まっているBOVYバンガローを視察しにいってみた。静かでのーんびりしていて、一泊450円ということなので即決。部屋でて5秒で海。さいこー!

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ちなみにここの二人の従業員はビルマ人。一人はSTUKという兄さん分、もう一人は22歳のアウググー。STUKはタイにきてももう一年だけど、タイ語、英語もまだ話せない東南アジアの少数民族のひとつ、カレン族の男の人。確かに言葉は通じないけど笑顔だけは絶やさないSHYで可愛い人だ。アウググーは顔の整ったまぶしいくらいの青年でとっても勉強家。貧しい家族のために出稼ぎにタイに出てきたそう。やっぱり残してきた家族が心配といっていた。
彼ら出稼ぎにきたは良いけど、実はパスポートもなく、ここまでたどり着くには賄賂を渡して国境を越えてきた彼らは今、その弱みに付け込まれて不安定な給料あてにここで働いている。タイに来るまでにビルマのジャングルを歩いてきたときもランダムに埋め込まれている地雷を避けるようにして歩いてきた。ビルマの軍政とそれに反対する政治団体のゲリラ闘争の結果、今でもビルマ政府はジャングルに地雷を埋め続けていると言う。気に付けられた赤い印を頼りに歩いてきた彼らだが、少しでも間違えたら・・・・と考えると恐ろしい。何故、その恐ろしさ、酷さ、が嫌と言うほど証明されている現在でも、まだそれを埋め続けているのだろうか。彼らの話を聞いているとき、やり場の無い憤りに胸が熱くなった。
彼らの出身の村はブラックスポットと呼ばれ、軍によって完全にコントロールされており、外国人は訪れることが出来ないと言う。やはり国内で政府を批判すれば逮捕され、言論の自由の欠片もない。もちろん捕まったら命の保証が・・・あるわけもない。アウググーはタイでならビルマ政府の批判もできる!と嬉しそうに話してくれた。本で何度かビルマについて読んだりもしたが、その通り、いや、それ以上の苦しみが彼らを覆っていた事を見せ付けられた。

あるとき、釣り竿を会に行く私に、彼らは魚とりの網を買ってくるように頼んだ。あいにく手に入らなかった為、それを伝えると思わぬ答えが帰ってきた。
『パスポートがないから、網を買いにいくにも外に出られないんだ。』
予期せぬ言葉が胸にささった。
これを聞く前にけいちゃんと二人で、『何であの二人はいつもいつもこの敷地内にいるんだろうね?何で外にでないんだろう?退屈しないのかな?』と何気なく話していた。

違う。外に『でない』んじゃなくて『でられない』んだ。

時々この敷地内にも警察がくるらしく、そのときは身を隠さないと、不法入国、滞在の彼らを待っているのはビルマへの強制送還だ。
ビルマで不法出国したものの運命は想像に易い。

普段当たり前に享受している『自由』という言葉の重さを改めて考えさせられた。

あるとき彼らが夕食を食べているところを通りかかったとき、二人は私も誘ってくれた。夕食は他で食べる予定だったけど、せっかくなので味見だけさせてもらった。狭く暗い部屋には電気も通ってなく、ろうそく一本で、近くでとってきたであろう葉っぱの茹でもの、葉っぱと唐辛子と魚の辛炒めと白いご飯というとても質素な食事だった。
その光景を見ていてどうしようもなく、切なくなった。
何時来るとも知れない警察におびえ、ボスには弱みを握られ、郷愁の思いに打ちひしがれ、不安な日々を健気に、そして逞しく生きていた。
彼らと私のこの境遇の差は一体なんなんだろう。
厚めの空に覆われて、はっきりしない色の夕焼け空を眺めながら、世の中の不条理に思いを馳せていた。この厚ぼったい気持ちは、何も出来ないでいる自分の無力感からくるのかもしれない。


ってかけいちゃんの写真だけど、いろんな意味で犬に喰われた一枚でした。ちゃんちゃん。
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by sykkngw | 2006-04-26 18:10 | きままに旅日記。

成分分析されてみた結果。


88%はビタミンで出来ています
8%は気の迷いで出来ています
2%は言葉で出来ています
1%は理論で出来ています
1%は成功の鍵で出来ています

何だか健康そうで良いけど、
おいおい。8%の気の迷いって。。。確かに優柔不断だけど。
言葉、と理論。すくな!
でも、最後の行読んで『にひっ』としたから
よし!

ちなみに
74%は砂糖で出来ています
18%はマイナスイオンで出来ています
5%はミスリルで出来ています
3%は言葉で出来ています

らしく、漢字とひらがなじゃ大きく違うらしいっす。
でもやっぱり言葉は大切みたい。

マイナスイオン18%もあるし、私もここらで癒し系デビューかな?
いや、刺激的な人になりたいんだけどね。
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by sykkngw | 2006-04-16 19:30 | 徒然なるままに思う事

水もしたたる良い少年

って事で前三日間、散々水したたってきました。

タイの旧正月は、他とちょっと違います。
何が違うって。みんなクレイジーになるのです。

何でか知らんけど、取り合えず町中水浸し、この期間だけは、タイ中どこでも誰にでも水掛けていいのです。

ほら、今想像したでしょ?『きゃっきゃ』とか言いながらかわいく水掛けてる姿。

はい、大間違い。みんなでっかいバケツやら水鉄砲やら、ホースやら、水瓶やら持ち寄って、家族総出で水掛け合うのです。一歩外に出れば、はい、あなたも水も滴る良いうんちゃら間違いなし。

タイで特に有名なのが北のチェンマイというタイで二番目の都市なんだけど、ここにタイ中から人が水掛に集まるのです。いや、言ってみれば世界中から集まっちゃうのです。

どんなもんだろうと私もバンコクから夜行バスに揺られて12時間、はるばるやってきたわけです。チェンマイでバンコクで知り合った先輩とその仲間(ちなみに初対面)+私のルームメイトと落ち合ってしばらくしてから、ご飯を食べに行こうと初対面の面々に何故か私一人というメンバーで出かけたわけです。

車の中から見える水鉄砲を持った人々。おっかねー。てかわくわくー!いやぁどんなことになっちゃうんだろう、とドキドキしながら着いたレストランに入るべく車を降りた。

瞬間。

ばっちゃーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!

初対面のわりにいきなり人生について熱く語ってくれた先輩の友達の熱を冷ますかのように、文字通り、ず・ぶ・ぬ・れ。

みんな容赦ないんです。

一度ホテルに帰ってから着替えて、今度は自ら進んで参戦。
水鉄砲やらバケツやら買い込んで戦いの前線に挑む。

ルームメイトのミンと水鉄砲できゃっきゃいいながら可愛く水掛け合ってたら

後ろから、やられた。
またしてもずぶぬれ。ずぶぬれネズミはそのまま前線に向かう。
川沿いが一番人が多くてその道を埋め尽くすかのように人々が待機していてそこを歩いて通っていくのが主流。あまりの人の多さに圧倒される。そして、可愛く『新年おめでとー!』なんていって水掛けてくれる人はいいんだけど、いやぁあんたやりすぎでしょってくらいの冷たい氷水を頭からズボーーーーーーーーーーーーーーーって続けさまに五人くらいから掛けられると流石に身が縮む。ってか3センチぐらい縮んだ。くそぅ。

私は基本可愛い子好きなので、可愛いちびっ子見つけては水鉄砲でいじめてました。ちびっこだと甘く見て、これでもかというほど水鉄砲でいじってると、ちびっ子陣営の仲間たちに氷水かけられて死にそうになりました。やっぱり弱いものいじめは駄目みたいです。

ちなみに犬も参戦してました。というか為すがまま。笑。
可愛いやつらは人間の為すがまま。訳もわからず水掛けられてあたふた。そりゃそうだ。
いやぁ、でも可愛いからやめられません。

まぁそんなこんなで、2日間馬鹿みたいに水掛けては寝て、食べて、ぐーたらしながら遊んでました。そしてまた焼けました。そして機能の夜バンコクに帰ってきて気づきました。

あ、レポートやべぇ・・・・

レポートまでも水に流すことは無理みたいです。

Oh,man!


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by sykkngw | 2006-04-15 15:57 | きままに旅日記。

バリの芸術の町、ウブド。らしい。

さて、ウブドは芸術、職人の地と言われていて、確かに多くのアートギャラリーが町に並んでいるし、バイクである道を走り抜けると、道の両脇にずっらーーーーーーーっち主に彫刻のインテリアや雑貨やが並んでいる。彫刻品などの『アジア雑貨』のREPRODUCTIONを家族総出で作っている姿をよく目にする。その雑貨屋の数たるもの、ゆうに100はこえている。でもその作品のどれも同じような物ばかりで、日本でもよく目にするものが多い。

職人の地といっても、ここまで独創性に欠けるものばかりがずらーーーっと並ぶ姿をみると流石に少しげんなりする。魂が感じられないというか、彼らの芸術家としてのプライドはどうなっているんだろう、と少し疑問に思った。これじゃまるで機械と同じじゃないか。と。

さて、そんなこんなでウブドをブラブラしていると、とあるマスクばかりうっているギャラリーにたどりつき、そこの雰囲気が好きで毎日よく入り浸っていた。その中の一つのマスクに惚れ込んでいたけど、貧乏学生の私はそこで貧乏発揮してしまい、約3500円のマスクに手が出ずにいたのだ。

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ちなみにこれは一応オリジナルという風に言われていたからなおさら好きだったんだけど。(まぁ本当に完璧オリジナルかどうかは怪しいかもね・・・)

そのギャラリーの一人と彼の生い立ちみたいなのを話していた。小さいときからREPRODUCTIONを作る家庭で育ち、物心ついたころには彫刻をしていたそう。しかし家も貧しかったから高校は自分の作ったREPRODUCTIONをうって稼いだお金で通っていたとのこと。これを聞いたとき、何か感じる物があったし、人々の独創性のない作品を一方的に攻めることもできないと感じた。かと言ってこのままで言いかといったら、違う気もする。何か新しい動きを起こしていかないと、結局周りがそれに飽きたとき、生き残れないだろうし、芯の魅力のない観光地はいずれ廃れていくものだ。

そんなことをウダウダ考えつつ雑貨、彫刻品とおりを眺めていると、如何にもバリとは関係のないアフリカや他のアジアのものなど、(バリに対する理解もない)観光客の欲する傲慢な『アジア・バリ像』に対する供給にしか過ぎない作品たちを目にし、少し悲しくなった。

需要があるから、供給がある。
のよねぇ。

↓それにしてもこのおっちゃん素敵すぎ。
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恋しちゃいます。2006 アゲイン。
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by sykkngw | 2006-04-07 16:22 | Journey to Indonesia

ウブド散策。おなかいっぱい、むねいっぱい。

着いたウブドも実際おしゃれなブティックとかも並んでて、散歩しようと三歩あるけば三方さらぬ四方から『TAXI??』、『おねえさん、元気?』の声に囲まれる。

そんな状況にあうあうあぁぁぁぁ~ってなってる所に、同じ宿の日本人の男性とであった。宿を歩いてるときに目が合って、日本語で話しかけられてびびるくらい、彼は真っ黒に焼けていた。むしろ焦げていた。どうやらクタで2週間くらいサーフィンしてからこっちに寄りにきたそう。あぁ、なるほど。にしても黒いぞ!

インドネシア人とリアルに見分けが付かなかった。まぁ私もよく色んな人種に見間違えられるけど。久々の日本人との交流が何だか新鮮。
彼は4年間めちゃめちゃ働いた後、その金握り締めて3年間で世界一周しちゃったらしい。
いやぁ、話聞けば聞くほど世界って面白い!とわくわくしてしまう。
そして今すぐどっかに駆け出したくなってしまう。中国で寺にこもってカンフー修行したとか、ブラジルでカーニバルでたとか、インドで自分たちでゴミ拾い始めて地元の人まで巻き込んじゃったとか、インドのマザーテレサの諸家でのボランティアだとか、これまたインドで瞑想修行だとか、ネパールでヒマラヤ登っちゃったとか、聞けば聞くほど、掘れば掘るほど色々でてきちゃう面白い人材。何でもプラスに捉え、行動力に富み、すべてを自分に取り入れられちゃう人。小さな細い目は笑うたびになくなってしまうけど、いい笑顔してる。
まぁ29さいってのもあるんだろうけど、随分おおらかな人で器のでかさを感じた。
凄く尊敬できる人。いやぁ大人だなぁって本当に思う。

ちなみにそんな彼とちょっと議論になったのが以下のこと。
彼は器の大きな人目指しているらしく、感情的になることを否定していた。
私もそれは分かるし、程度にもよるけど、時に感情的になる事を否定はしない。
だって人間だもの。相田みつをじゃないけどさ。
私は人らしく素直にいればいいと思う。
でも問題はその後の対応。冷静になって反省して、それをきちんと相手に伝えるなり、ほかの解決法を見出せればいい。それが自然な人間らしい姿だと思う。
(もちろん本当に程度による。切れたりして他の人を傷つけたりするのは別の話。暴力的になるのはもっての外。もっと穏やかなレベルの話)

ウブドに着いた次の日、二人でモーターサイクルかりて、一日ウブド散策をした。市場行ってバティック買ってから、↑↓の写真の遺跡にいったり、
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ご飯たべて(これうまい!!子豚まるやきごはん。ちなみに手でいただきます◎)
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ウブドの町の中心である観光エリアから逃げるようにして村に入って行き、子どもたちやら村人たちと頑張って覚え途中のインドネシア語とバリ語と英語を駆使した会話にならない会話でコミュニケートし、皆の屈託のない笑顔に胸をなで下ろしました。
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さて、バリ1の美しい棚田を望めるスポットで止まると3,4人の小さな女の子たちがたかってきて、さぁんに鉛筆やらお土産品を売ろうとしてくる。東南アジア各国で聞きなれたはずのこの声は、いつまでたっても耳に痛い。 『ワンダラー、ワンダラー』 (1ドルということ)の気力もなく切ない音の響きには、子どもらしさは感じられず、無性に悲しくなる。そういう子どもたちに対し、しつこい物売りに囲まれた観光客としてではなく、一人の人として接したいと、いつも思う。

けれど一体どうすればいいんだろう。今回はバッグに潜ませていた画用紙と色鉛筆を子どもたちに渡して、一緒に絵を描かないかと誘ったところ、3人ともいつもとは違う変な客の対応に戸惑いつつも、嬉しそうに受け取り、みんなで並んで仲良くお絵かきしていた。
最後に彼女らの描いた絵に日本語で名前を書いてあげたらえらく喜んでた。
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さらにデジカメに興味を持っていたので、ちょっと持たせたら思い思いにバシバシと写真をとっていた。これは彼女らがとった写真。
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こうやって好奇心に目キラキラさせてる時が一番子どもらしいんだなぁ
しばらくはしゃいでいたら、奥からお母さんらしき人の『何してるのー、早く帰ってきなさい!』的な声がきこえ、彼女らはそっちに走っていった。
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by sykkngw | 2006-04-07 16:05 | Journey to Indonesia

バリの色。  -恋慕 2006-ってことで。

バリで禁断の恋。
彼女の名前はまるちゃん。愛してやみません。
夢にまでみます。

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アボガドジュース毎日飲んでました。
茶色っぽいのはチョコレート。
このまったり感に恋しました。

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花売りのおばちゃん。
バリ・ヒンドゥーでは毎日こういったお花をバナナのはっぱで編んだ小さな籠にいれて、家の前やら軒下やらにお供えするんです。
とても華やか。
おばちゃんも華やか。。。。か?
笑顔が素敵です。
この鮮やかなバリの色彩感覚に恋しました。(本当にカラフルなんだ)

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バイクのって走り回った時に雨に降られて、雨宿り。
そこで出会ったかわいいおすましちゃん。ちっちゃいくせにいっちょ前にサロンまいちゃって、可愛いんだぁ。こいつ。
この健気な愛おしさに恋しました。

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お祭りで知り合ったバリ人のお宅訪問して、伝統衣装着せてもらっちゃいました。クバヤっていう上の薄々のレースのジャケットには色々種類があるんだけど、これはバリのもので、みんな下着の上にキャミ何もきないで、スケスケのままで町を歩いてます。。。。
おぉ・・・こりゃ男性諸君、鼻血もんだ。と人事のように思ってたら、自分もきることになり、あせる。
けど、みんな着てりゃ怖いもんない。
って事だけど、実際これ結構ぎりぎりよね?
この家族の優しさに恋しました。
ってか奥さんきれいすぎー。彼女に恋しそうになりました。
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いやぁ、移り気だな、バリにいると。www
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by sykkngw | 2006-04-07 15:01 | Journey to Indonesia

バリでの出会い。

バリに飛んで、そっから何とかしてクタビーチまで乗り合いバスに乗り込む。トラジャで感じていた素朴でのんびりした雰囲気からは一変して『観光地』が私を出迎えてくれた。

まず庶民の足の乗り合いバスの運転手まで10倍近くの運賃ふっかけてこようとするし、しょっぱなから凹む。あぁ、バリで地上の楽園を体験、とはいかないのかも。と肩を落とす。

あまりの客引きの多さにショックをうける。『ドコイクノー?』って日本語かい!?と思わずつっこみたくなる。みんな日本語上手なんです。町で久々に多くの日本人を見て、あぁ。。。とさらに凹む。

とりあえずこんなところは抜け出したい、とシャトルバスでバリの中部のウブドへいく。たまたま隣に座っていたドイツ人のおばちゃんと仲良くなった。しっかり焼けた肌にしわが目立つものの、どこか年を感じさせない不思議な雰囲気を持つ人。ドイツでは税理士をやっているけど、一定の期間働いては、また休みを長期でとって旅行にでるらしい。今までもインド、ネパール、スリランカなどに住んだことがあるという。

話も弾んだから夕飯をともにしたんだけど、彼女はヨガとか瞑想もするらしく、仏教の話やら彼女の人生の話やらをしてとても興味深かった。そこで話していたのは以下のような内容。

-執着から苦が始まる。そしてRE-ACTではなく、まず物事をACCEPTすることが大切。受け入れてからクリアの視野でACTする。投げられたボールを打ち返すのではなく、キャッチしてから考える。そしてそこから行動する。それが大切ー

でも実際にそんなことは可能なのだろうか。ちょうどその時、レストランの隣の席に同い年か私より少し年下の男の子と、白人の男性が座って食事をしていた。私はその二人の関係がいったい何なのかがとても気になっていた。ただの知り合いにしてはどうにも不自然。先生?いや、もしや買春???
モヤモヤしたものを抱えていたのでそれをおばちゃんに伝えたら、物事に執着せず、ましてや他人の事には干渉しないこと、と返された。

でも果たしてそれが一番なのだろうか?もしかしたら正しいかもしれない。けれど私がありたい姿はそうじゃない。私は人と人との間に生きているし、それが面白い、楽しい、嬉しい、悲しい。すべて喜怒哀楽があってこその人間なんだ。人とかかわりあって人生なんだと思う。俗世を捨てた先にある平安に何があるんだろう。涅槃の浄土にこのような人生の喜びがあるのかと疑問に思っていしまう。

(もっともこれは私のような極めて恵まれた状況に暮らしている人間だからこその思いなのだろうけど。もしも苦境に立たされて暮らしていたら、このような考えは持たないだろう。)
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by sykkngw | 2006-04-05 15:32 | Journey to Indonesia

インドネシアの桃源郷

さて、トラジャについて書いていたところだったよな。

あ、更新遅いけどもう既にタイかえって来ました。1週間以上前に。ということで振り返って書いてみます。
トラジャは本当にのどかで、静かで、人々はのぉんびりしてて、私にとって人間のあるべき姿を思わせる素敵なところ。

ある日山に行こうということでトラじゃの中心地から乗り合いミニバスに乗り込み、山まで1時間走って、その山の上で一泊したんだ。
その山の上からの眺めは絶好。遠くに見える山の腹部から雲がかかり、青々とした棚田を覆ってる。ところどころ薄く霞がかったあたりから、苗の青が顔を覗かせたりと、時の移ろいに応じて姿を変えていった。

その直後、雲行きが怪しくなると直後に雷を伴うスコール。電気も止まり、近くに落ちた雷とどしゃ降りの雨におびえながら、シャワーを浴びようと身の縮むような冷たい水を大きな水がめからすくい上げ、体にかける。『ふっ』!と覚悟を決めて水をかけるものの、冷たすぎる。標高1200Mでの水シャワーはたまらない。

さらに服を着替えるときに日焼けがいたい。容赦なく照りつけるトラジャの日を体いっぱいに浴びながら丸二日間バイクで村々を回っていたのだから当然。
しばらくすると雨はやみ、空は鮮やかな絵の具をぶちまけたキャンバスのようになっていた。
雨に耐えたご褒美とでも言わんばかりの美しい光景に花をそえるように、虹がかかっていた。

翌日山の上から徒歩で下山したときの眺めは絶好。桃源郷を思い起こさせる。
とても静かで澄み切った空気に、青い空。繊細な輪郭を時の移ろいとともに変化させる雲、鶏の声の合間に子ども達の笑い声が耳をかすり、それらを包むかのようにやわらかく透明な風が村をなでる。
棚田からこぼれる水が岩を伝って小さなせせらぎとなり、軽やかな音とともに村を流れていく。

そんな山の村を歩いていたら水牛の向こうに二人の小さな女の子がこちらを好奇心いっぱいの目で伺っていた。6,7歳くらいかな。目が合ったからニッコリ笑いかけると、嬉しそうに、そして恥ずかしそうに照れてキャラキャラ笑っていた。
『HELLO!』 と声をかけても同じ反応。そのシャイなあたりがたまらなく可愛い。まるで得体の知れない生き物を見ているかのように私を見ていた。一緒にあるこうよ、と手招きしてもクスクス笑うだけ。
それでも『写真を撮っていい?』とたずねカメラを向けると嬉しそうに笑っていた。

いやぁ。素朴だな。
素朴って本当に大切だなとつくづく思う。
ここにいると、飾り立てることの意味が本当に分からなくなる。
外見を飾ることの意味の希薄さももとより、必要以上の見栄をはったり、余計なプライドをもったり、世間体だとか、そういうのに縛られて生きたくないな、と思う。

そりゃ日本に生きている限り、全くこれらに捉われずに生きることは無理かもしれないけど、でもできる限りでナチュラルに素朴に生きたいなと思う。

無駄なプライドや傲慢な自尊心は捨てちまえ。
(自尊心とプライドは同じかもしれないけど、私の中でニュアンスが違うので使い分けてます。)

そして、謙虚な自尊心を忘れずに。

これ、人生のテーマね。そしてインドネシアでいっぱいかんじたこと。
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by sykkngw | 2006-04-05 15:11 | Journey to Indonesia