カテゴリ:Journey to Indonesia( 10 )

バリの芸術の町、ウブド。らしい。

さて、ウブドは芸術、職人の地と言われていて、確かに多くのアートギャラリーが町に並んでいるし、バイクである道を走り抜けると、道の両脇にずっらーーーーーーーっち主に彫刻のインテリアや雑貨やが並んでいる。彫刻品などの『アジア雑貨』のREPRODUCTIONを家族総出で作っている姿をよく目にする。その雑貨屋の数たるもの、ゆうに100はこえている。でもその作品のどれも同じような物ばかりで、日本でもよく目にするものが多い。

職人の地といっても、ここまで独創性に欠けるものばかりがずらーーーっと並ぶ姿をみると流石に少しげんなりする。魂が感じられないというか、彼らの芸術家としてのプライドはどうなっているんだろう、と少し疑問に思った。これじゃまるで機械と同じじゃないか。と。

さて、そんなこんなでウブドをブラブラしていると、とあるマスクばかりうっているギャラリーにたどりつき、そこの雰囲気が好きで毎日よく入り浸っていた。その中の一つのマスクに惚れ込んでいたけど、貧乏学生の私はそこで貧乏発揮してしまい、約3500円のマスクに手が出ずにいたのだ。

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ちなみにこれは一応オリジナルという風に言われていたからなおさら好きだったんだけど。(まぁ本当に完璧オリジナルかどうかは怪しいかもね・・・)

そのギャラリーの一人と彼の生い立ちみたいなのを話していた。小さいときからREPRODUCTIONを作る家庭で育ち、物心ついたころには彫刻をしていたそう。しかし家も貧しかったから高校は自分の作ったREPRODUCTIONをうって稼いだお金で通っていたとのこと。これを聞いたとき、何か感じる物があったし、人々の独創性のない作品を一方的に攻めることもできないと感じた。かと言ってこのままで言いかといったら、違う気もする。何か新しい動きを起こしていかないと、結局周りがそれに飽きたとき、生き残れないだろうし、芯の魅力のない観光地はいずれ廃れていくものだ。

そんなことをウダウダ考えつつ雑貨、彫刻品とおりを眺めていると、如何にもバリとは関係のないアフリカや他のアジアのものなど、(バリに対する理解もない)観光客の欲する傲慢な『アジア・バリ像』に対する供給にしか過ぎない作品たちを目にし、少し悲しくなった。

需要があるから、供給がある。
のよねぇ。

↓それにしてもこのおっちゃん素敵すぎ。
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恋しちゃいます。2006 アゲイン。
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by sykkngw | 2006-04-07 16:22 | Journey to Indonesia

ウブド散策。おなかいっぱい、むねいっぱい。

着いたウブドも実際おしゃれなブティックとかも並んでて、散歩しようと三歩あるけば三方さらぬ四方から『TAXI??』、『おねえさん、元気?』の声に囲まれる。

そんな状況にあうあうあぁぁぁぁ~ってなってる所に、同じ宿の日本人の男性とであった。宿を歩いてるときに目が合って、日本語で話しかけられてびびるくらい、彼は真っ黒に焼けていた。むしろ焦げていた。どうやらクタで2週間くらいサーフィンしてからこっちに寄りにきたそう。あぁ、なるほど。にしても黒いぞ!

インドネシア人とリアルに見分けが付かなかった。まぁ私もよく色んな人種に見間違えられるけど。久々の日本人との交流が何だか新鮮。
彼は4年間めちゃめちゃ働いた後、その金握り締めて3年間で世界一周しちゃったらしい。
いやぁ、話聞けば聞くほど世界って面白い!とわくわくしてしまう。
そして今すぐどっかに駆け出したくなってしまう。中国で寺にこもってカンフー修行したとか、ブラジルでカーニバルでたとか、インドで自分たちでゴミ拾い始めて地元の人まで巻き込んじゃったとか、インドのマザーテレサの諸家でのボランティアだとか、これまたインドで瞑想修行だとか、ネパールでヒマラヤ登っちゃったとか、聞けば聞くほど、掘れば掘るほど色々でてきちゃう面白い人材。何でもプラスに捉え、行動力に富み、すべてを自分に取り入れられちゃう人。小さな細い目は笑うたびになくなってしまうけど、いい笑顔してる。
まぁ29さいってのもあるんだろうけど、随分おおらかな人で器のでかさを感じた。
凄く尊敬できる人。いやぁ大人だなぁって本当に思う。

ちなみにそんな彼とちょっと議論になったのが以下のこと。
彼は器の大きな人目指しているらしく、感情的になることを否定していた。
私もそれは分かるし、程度にもよるけど、時に感情的になる事を否定はしない。
だって人間だもの。相田みつをじゃないけどさ。
私は人らしく素直にいればいいと思う。
でも問題はその後の対応。冷静になって反省して、それをきちんと相手に伝えるなり、ほかの解決法を見出せればいい。それが自然な人間らしい姿だと思う。
(もちろん本当に程度による。切れたりして他の人を傷つけたりするのは別の話。暴力的になるのはもっての外。もっと穏やかなレベルの話)

ウブドに着いた次の日、二人でモーターサイクルかりて、一日ウブド散策をした。市場行ってバティック買ってから、↑↓の写真の遺跡にいったり、
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ご飯たべて(これうまい!!子豚まるやきごはん。ちなみに手でいただきます◎)
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ウブドの町の中心である観光エリアから逃げるようにして村に入って行き、子どもたちやら村人たちと頑張って覚え途中のインドネシア語とバリ語と英語を駆使した会話にならない会話でコミュニケートし、皆の屈託のない笑顔に胸をなで下ろしました。
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さて、バリ1の美しい棚田を望めるスポットで止まると3,4人の小さな女の子たちがたかってきて、さぁんに鉛筆やらお土産品を売ろうとしてくる。東南アジア各国で聞きなれたはずのこの声は、いつまでたっても耳に痛い。 『ワンダラー、ワンダラー』 (1ドルということ)の気力もなく切ない音の響きには、子どもらしさは感じられず、無性に悲しくなる。そういう子どもたちに対し、しつこい物売りに囲まれた観光客としてではなく、一人の人として接したいと、いつも思う。

けれど一体どうすればいいんだろう。今回はバッグに潜ませていた画用紙と色鉛筆を子どもたちに渡して、一緒に絵を描かないかと誘ったところ、3人ともいつもとは違う変な客の対応に戸惑いつつも、嬉しそうに受け取り、みんなで並んで仲良くお絵かきしていた。
最後に彼女らの描いた絵に日本語で名前を書いてあげたらえらく喜んでた。
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さらにデジカメに興味を持っていたので、ちょっと持たせたら思い思いにバシバシと写真をとっていた。これは彼女らがとった写真。
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こうやって好奇心に目キラキラさせてる時が一番子どもらしいんだなぁ
しばらくはしゃいでいたら、奥からお母さんらしき人の『何してるのー、早く帰ってきなさい!』的な声がきこえ、彼女らはそっちに走っていった。
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by sykkngw | 2006-04-07 16:05 | Journey to Indonesia

バリの色。  -恋慕 2006-ってことで。

バリで禁断の恋。
彼女の名前はまるちゃん。愛してやみません。
夢にまでみます。

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アボガドジュース毎日飲んでました。
茶色っぽいのはチョコレート。
このまったり感に恋しました。

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花売りのおばちゃん。
バリ・ヒンドゥーでは毎日こういったお花をバナナのはっぱで編んだ小さな籠にいれて、家の前やら軒下やらにお供えするんです。
とても華やか。
おばちゃんも華やか。。。。か?
笑顔が素敵です。
この鮮やかなバリの色彩感覚に恋しました。(本当にカラフルなんだ)

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バイクのって走り回った時に雨に降られて、雨宿り。
そこで出会ったかわいいおすましちゃん。ちっちゃいくせにいっちょ前にサロンまいちゃって、可愛いんだぁ。こいつ。
この健気な愛おしさに恋しました。

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お祭りで知り合ったバリ人のお宅訪問して、伝統衣装着せてもらっちゃいました。クバヤっていう上の薄々のレースのジャケットには色々種類があるんだけど、これはバリのもので、みんな下着の上にキャミ何もきないで、スケスケのままで町を歩いてます。。。。
おぉ・・・こりゃ男性諸君、鼻血もんだ。と人事のように思ってたら、自分もきることになり、あせる。
けど、みんな着てりゃ怖いもんない。
って事だけど、実際これ結構ぎりぎりよね?
この家族の優しさに恋しました。
ってか奥さんきれいすぎー。彼女に恋しそうになりました。
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いやぁ、移り気だな、バリにいると。www
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by sykkngw | 2006-04-07 15:01 | Journey to Indonesia

バリでの出会い。

バリに飛んで、そっから何とかしてクタビーチまで乗り合いバスに乗り込む。トラジャで感じていた素朴でのんびりした雰囲気からは一変して『観光地』が私を出迎えてくれた。

まず庶民の足の乗り合いバスの運転手まで10倍近くの運賃ふっかけてこようとするし、しょっぱなから凹む。あぁ、バリで地上の楽園を体験、とはいかないのかも。と肩を落とす。

あまりの客引きの多さにショックをうける。『ドコイクノー?』って日本語かい!?と思わずつっこみたくなる。みんな日本語上手なんです。町で久々に多くの日本人を見て、あぁ。。。とさらに凹む。

とりあえずこんなところは抜け出したい、とシャトルバスでバリの中部のウブドへいく。たまたま隣に座っていたドイツ人のおばちゃんと仲良くなった。しっかり焼けた肌にしわが目立つものの、どこか年を感じさせない不思議な雰囲気を持つ人。ドイツでは税理士をやっているけど、一定の期間働いては、また休みを長期でとって旅行にでるらしい。今までもインド、ネパール、スリランカなどに住んだことがあるという。

話も弾んだから夕飯をともにしたんだけど、彼女はヨガとか瞑想もするらしく、仏教の話やら彼女の人生の話やらをしてとても興味深かった。そこで話していたのは以下のような内容。

-執着から苦が始まる。そしてRE-ACTではなく、まず物事をACCEPTすることが大切。受け入れてからクリアの視野でACTする。投げられたボールを打ち返すのではなく、キャッチしてから考える。そしてそこから行動する。それが大切ー

でも実際にそんなことは可能なのだろうか。ちょうどその時、レストランの隣の席に同い年か私より少し年下の男の子と、白人の男性が座って食事をしていた。私はその二人の関係がいったい何なのかがとても気になっていた。ただの知り合いにしてはどうにも不自然。先生?いや、もしや買春???
モヤモヤしたものを抱えていたのでそれをおばちゃんに伝えたら、物事に執着せず、ましてや他人の事には干渉しないこと、と返された。

でも果たしてそれが一番なのだろうか?もしかしたら正しいかもしれない。けれど私がありたい姿はそうじゃない。私は人と人との間に生きているし、それが面白い、楽しい、嬉しい、悲しい。すべて喜怒哀楽があってこその人間なんだ。人とかかわりあって人生なんだと思う。俗世を捨てた先にある平安に何があるんだろう。涅槃の浄土にこのような人生の喜びがあるのかと疑問に思っていしまう。

(もっともこれは私のような極めて恵まれた状況に暮らしている人間だからこその思いなのだろうけど。もしも苦境に立たされて暮らしていたら、このような考えは持たないだろう。)
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by sykkngw | 2006-04-05 15:32 | Journey to Indonesia

インドネシアの桃源郷

さて、トラジャについて書いていたところだったよな。

あ、更新遅いけどもう既にタイかえって来ました。1週間以上前に。ということで振り返って書いてみます。
トラジャは本当にのどかで、静かで、人々はのぉんびりしてて、私にとって人間のあるべき姿を思わせる素敵なところ。

ある日山に行こうということでトラじゃの中心地から乗り合いミニバスに乗り込み、山まで1時間走って、その山の上で一泊したんだ。
その山の上からの眺めは絶好。遠くに見える山の腹部から雲がかかり、青々とした棚田を覆ってる。ところどころ薄く霞がかったあたりから、苗の青が顔を覗かせたりと、時の移ろいに応じて姿を変えていった。

その直後、雲行きが怪しくなると直後に雷を伴うスコール。電気も止まり、近くに落ちた雷とどしゃ降りの雨におびえながら、シャワーを浴びようと身の縮むような冷たい水を大きな水がめからすくい上げ、体にかける。『ふっ』!と覚悟を決めて水をかけるものの、冷たすぎる。標高1200Mでの水シャワーはたまらない。

さらに服を着替えるときに日焼けがいたい。容赦なく照りつけるトラジャの日を体いっぱいに浴びながら丸二日間バイクで村々を回っていたのだから当然。
しばらくすると雨はやみ、空は鮮やかな絵の具をぶちまけたキャンバスのようになっていた。
雨に耐えたご褒美とでも言わんばかりの美しい光景に花をそえるように、虹がかかっていた。

翌日山の上から徒歩で下山したときの眺めは絶好。桃源郷を思い起こさせる。
とても静かで澄み切った空気に、青い空。繊細な輪郭を時の移ろいとともに変化させる雲、鶏の声の合間に子ども達の笑い声が耳をかすり、それらを包むかのようにやわらかく透明な風が村をなでる。
棚田からこぼれる水が岩を伝って小さなせせらぎとなり、軽やかな音とともに村を流れていく。

そんな山の村を歩いていたら水牛の向こうに二人の小さな女の子がこちらを好奇心いっぱいの目で伺っていた。6,7歳くらいかな。目が合ったからニッコリ笑いかけると、嬉しそうに、そして恥ずかしそうに照れてキャラキャラ笑っていた。
『HELLO!』 と声をかけても同じ反応。そのシャイなあたりがたまらなく可愛い。まるで得体の知れない生き物を見ているかのように私を見ていた。一緒にあるこうよ、と手招きしてもクスクス笑うだけ。
それでも『写真を撮っていい?』とたずねカメラを向けると嬉しそうに笑っていた。

いやぁ。素朴だな。
素朴って本当に大切だなとつくづく思う。
ここにいると、飾り立てることの意味が本当に分からなくなる。
外見を飾ることの意味の希薄さももとより、必要以上の見栄をはったり、余計なプライドをもったり、世間体だとか、そういうのに縛られて生きたくないな、と思う。

そりゃ日本に生きている限り、全くこれらに捉われずに生きることは無理かもしれないけど、でもできる限りでナチュラルに素朴に生きたいなと思う。

無駄なプライドや傲慢な自尊心は捨てちまえ。
(自尊心とプライドは同じかもしれないけど、私の中でニュアンスが違うので使い分けてます。)

そして、謙虚な自尊心を忘れずに。

これ、人生のテーマね。そしてインドネシアでいっぱいかんじたこと。
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by sykkngw | 2006-04-05 15:11 | Journey to Indonesia

断末魔がこだまする。

さて、今日は前回予告した『TRAJAに恋して』をお伝えします。

ごめんなさいね、三日坊主で。恐怖のめんどくさがり屋で。怠惰なりに頑張って書きます。

さて、ちょっと前を振り返る事になるんだけど、3月13日の夕方の便でマカッサルというインドネシアのスラウェシ島南端まで飛んだって所で終わったんじゃないかな。

まぁ、その次の日はこの先待ち受けているであろうドキドキやワクワクや不安やらをバックパックに詰め込んで、その宿を後にしたわけで。

頼んでいたトラジャへのバスチケットを握り締めてバイクタクシーでバスターミナルに辿り着いた時、あまりの客引きのアグレッシブさに一瞬びびった。
私一人旅とかするし、好奇心旺盛でぴょーんってどっか行っちゃうくせに、その反面結構びびり。それ表に出さないように、唇を富士山のようにキュッて結んで平気ぶってるけど、実際びびってるのだ。

まぁ何はともあれバス停でトラジャ出身のおっさんと知り合って、英語ともインドネシア語も言えない独特の言語でコミュニケーション取った気になりつつ、一方でトム・ボーイっぽい女の子(だよなぁ?)に妙に気に入られて、遠く離れた実家に誘われたりとバスを待っていたのです。

てかあの子女の子なのか・・・?ちょっと勇気がなくて聞けなかった・・

トラジャまでのバスは約10時間の旅。バス自体はかなりゆったりしていて、まさかインドネシアの片田舎でこんなにいいバスに乗れるだなんて思ってもいなかったから、軽く気抜けする。ラオスでのバスは本当にやばかったから。VIPバスの値段取られて、めちゃめちゃローカルでしたから。ぼーろぼろのバスに定員以上を詰め込んで、人口密度200%にして、ぐにゃぐにゃの山道を走行しているうちに。隣の隣のお兄さんがゲロゲロ。リアルゲロゲロ。でも誰も何もしようとしないし、バス会社の人間に片付けるように言ったって『やだ』の一言。
『おいっ!』 
なんとか片付けさせて、出発しても、みんな共酔い。ゲロゲロ天国。てか地獄。
そんな中でもきちんと睡眠はとっていた私って結構強いかも。

何にしろ今回のバスはそんな事はまったくなく、中休みを何回かはさみつつ10時間後にはきちんとトラジャに着きました。

このトラジャって言うところはかなり伝統的な儀式や生活様式を今でも守っている地域で有名で、特にお葬式で有名なんだ。他の地域とは違う昔からの伝統の方法で葬式を行っていたり、お墓もかなり特徴を持っているんだ。実は私が小学校の時、いつも見ていた『世界ふしぎ発見』で一度放送されたことがあって、もう10年も昔に見たにもかかわらずかなり鮮明に覚えてるんだ。もうその番組で見た内容は記憶の片隅に眠っていたけど、インドネシアのガイドブックを読んでいるときにそれを発見して、小さい時のあの好奇心を実際に体験しよう!っていう事にいたったのです。

つまり10年越しの願い。こりゃ、ワクワクするわけだ。

さて、その葬式がどう特徴的なのかというわけで、実際に参加してきました。
タバコなどの寄付を持ち寄れば観光客でも参加させてもらえるらしい。

トラジャに着いた翌日、田んぼやら山やらをバンクで走り抜けて、辿り着いたとある村のお葬式に参加。トラジャではお葬式において沢山のバッファローを生贄にするんだ。
そのバッファローの数は家族の階級によって変わってくるけど、一般的な家庭ならば大体5頭ほど。金持ちになると12頭から24頭くらいが平均らしい。
遺族は家の敷地内にいくつかのやぐらを組み、その中央でバッファローを殺してその場で解体するんだ。そしてその肉はその日の弔問客に振舞われるというわけ。バッファローの肉がゴッロゴロ入ったスープが敷地内でぐつぐつ美味しそうな匂い(?)を放ってました。

さらに残りの肉は教会やら、市に寄付されるらしい。そう、教会なんです。実はトラジャの85%は敬虔なクリスチャン。こんなにも独特な伝統を持ちながらも一方でとても敬虔なクリスチャン。このバランスがなんとも言えず興味深い。

話戻って、犠牲にされたバッファローの角はその家庭の伝統家屋の前にくくりつけられていく。毎回人が死ぬたびに角をくくりつけて行くから、家の前の角を見れば大体その家の歴史というのが推測できるというわけ。

さらに葬式では豚も生贄にされる。運良く(?)バッファローの殺されるシーンには出くわさなかったけど、彼らが豚を殺すシーンはばっちり見てしまいました。あれは、やっぱり居たたまれないね。断末魔っていうの、初めて聞いた。今、目の前で一つの命が消されていく。生への渇望、もがき、苦しみ。そんな瞬間を見たのは初めてだった。
どうしたって耳をふさぎたくなってしまう。目を閉じたくなってしまう。
かわいそう、なんて言いたくなってしまう。

でも、それが生きるってことなんだな。(ベジタリアンはまた別の話として)私は色んな命の上に生きている。色んな命の犠牲の上に生かされている。

スーパーに行けば、パックされた肉がならび、『豚肉』、『牛肉』、『鶏肉』という名の『食料』が簡単に手に入る。自分の手を何一つ血で染めることなく、買い物篭にいれ、それを極当たり前のように口に運んでいる。

そこに命があるということを、考えることすらなく。

パックの肉から断末魔が聞こえてくるわけもなく、ハンバーガーに動物の鼓動がきこえてくるわけもなく、私たちは目の前の食料を食べている。

社会がどんどん『発展』するに従って、人間はどんどんと自分たちが自然を超越した存在だと、とんだ勘違いをするようになり、すべての命は人間のコントロール下にある、だなんておごり高ぶっている。もはやそれが当たり前の社会では、そういう状態に疑問符を投げかけることすらないのが事実。

人間の生活の為に必要な『食料』にもともと命があったかどうかなんて、もはや関係ない。
その食料にありがたみを感じる必要なんてない。

それで良いのか???

私は今回、トラジャで何度となく豚やら鶏やらの断末魔を聞くことで、命というものについて考えさせられた。
いや、やっぱり嫌だけどね、断末魔聞くのとか。
実際耳も軽くふさいじゃうけどね。

でも、直視しなきゃ。それがリアルなライフだもんね。

さていくら寄付を持ち寄ったって、いくら謙虚に、礼儀正しく接したって、どうしても気になったのが、私が葬式という人生(輪廻転生を信じる彼らにとっては葬式だって大切な人生の一部)最大
のイベント、そしてこんなにも神聖な儀式に観光客として参加していいのかどうか、ということ。
もちろん、それを見るために来たんだけど、実際来てみたら躊躇してしまう。
私がもし村人だったらどう思うだろう?自分の家族の葬式が『見世物』としてさらされてる、と感じないだろうか。
心配になってガイドやら色々な人に尋ねてみたが、トラジャの人はオープンだからきちんとリスペクトした態度さえとればむしろ歓迎されるという。
確かに葬式には二件いったけど、二件ともで暖かい歓迎を受けた。
それにここの葬式は日本のような悲しい雰囲気がない。
もしかしてガイドのいっていたこともあながち間違ってないのかな・・・?

とはいえ、やっぱり不安だ。私自身興味があるし、色々みたいけど、この地の観光地化がどんどんすすみ、これ以上にどんどん必要以上の『発展』をして欲しくないなどという自己中な願いもぬぐいきれないのが正直なところ。

矛盾。

さぁて、ちょっと筆を休めます。
続きはまたあとで。
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by sykkngw | 2006-03-23 20:19 | Journey to Indonesia

TRAJA に恋してます。

マカッサルから翌日にバスのって一日かけてタナ トラジャという村にやってきたんだけど。。。

やばいよ。ここ。

それだけ伝えて今日はおしまい。次回予告ってことで。

次回はバリからお伝えする、「TANA TRAJAに恋して」と「バリに焼かれて」の二本立てでお伝えします。

かしこ
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by sykkngw | 2006-03-17 20:28 | Journey to Indonesia

ってことで来ちゃいました。インドネシア。

そうなんです。ということなんです。

11日の昼にクアラルンプールから飛行機乗って、ジャカルタ着。ジャカルタでは日本でのルームメイトのティアと会う予定なんだけど、連絡が途絶えた状態。むぅ。
もしや彼女は私が11日にジャカルタ着なのを知らないかもしれない。。。むぅ。

という状態のぶっつけでジャカルタへ飛んじゃいました。まぁ空港にいなかったら、しゃあない。自分でどっか泊まります。きっとそのうち会えるでしょう。

そんなこんなで飛行機乗ったら、隣の席のおじさん、エディと色々話しているうちに私の状態を説明したら、彼の奥さんや家族が空港までピックアップに来てくれてるので、その車に乗っけてティアの家まで連れていってくれるとのこと。
彼の仕事の話(バンダ・アチェなどの開発などを行っているらしい。荒れた土地をきちんと人々が住めるように現地の政治団体と提携して色々と作業をおこなってるとのこと)や家族を見て信用してしまいました。あ、だめ?これ。でもきちんと慎重だったから、ちゃんと。

エディ、彼の奥さん、お姉さん、めいっこさん、6歳のおじょうちゃん、わたしで空港からドライブー。途中でインドネシア料理ごちそうしてもらいました。(インドネシアでもただ飯)

ラッキーな事に持っていた住所を辿って、疲れているはずの彼は丁寧に私を送り届けてくれました。ものすごーく親切。ティアの家についたらティアは不在だったけど、1時間後無事再会。いやぁびっくりしてました。

ってかそんなに良い人に会ったことにもびっくりされたのね。ラッキーだったけど、やっぱり慎重にいかないとね。

その晩はティアの友達らと一緒にインドネシアのモールに行ったんだけど、いやぁどこでも変わらないね。モールなんつぅものは。日本だろうが、タイだろうが、インドネシアだろうが。インドネシアでも空前の日本食ブームらしく、何故か寿司食べに連れていってもらいました。んー。インドネシア料理が・・たべたい。まぁいいや、あとの二週間で腹壊すくらい食らってきます。

ジャカルタもモールだらけの町。でかいモール、モール、モール。それも夜遅くまでの営業で、ジャカルタっこはどうやら夜行性らしい。町は少し閑散としたイメージでタイのような屋台もとても少ない。聞く所によるとどうやら禁止されているらしい。

バンコクとは随分イメージが違うような気がする。もっとも自分の足でまーったく歩いてない(?!) ので何とも言えないけど、バンコクの方が建物なり何なりがみっちりびっちりパズルのように、ひしめいているけど、ジャカルタは空き地のような空間や建物と建物の間に余裕があるような感じがする。でもきっとジャカルタの別のエリアにいったら、また違う印象を受けるんだろうな。

そうそう、ティアと友人のアニンは私がついた日に珍しく公共の交通機関を利用してジャカルタの北部(南部が金持ちエリア。北部はスラムなどもあるエリア)に行ったらしく、その時如何に恐かったかを興奮して話してくれた。移動は常にドライバー、もしくは自分の運転という彼らにとって、まさに武勇伝だけど、ジャカルタ、インドネシアという国の多くの人々の実態(想像しうる限りの)と彼女らの発言にあまりにギャップを感じ、少し戸惑い、切なくなった。(あんたが切なくなってどうすんの、って話だろうけけど)

さて、ティアとその友達と一緒に行ったパダンというスマトラの郷土料理はとても美味しかった。小さなさらに少しずつ料理が盛られていて、10何種類もの料理がテーブルの上に並んでいた。パダン料理は辛いと皆いうけど、タイで鍛えた舌は随分とたくましくなっていたみたいで、ほとんど辛いと感じなかった!こりゃ、うれしい驚き。やったね!

そういえばティアの友達の運転で町を走っている時、警察に止められてIDカードの提示をもとめられてけど、その時に限ってパスポートをティアの家に置いてきてしまってたのだ・・・ないぃぃぃぃ!と慌ててほかのIDを探すものの、なくすのが恐くてティアの家においてきてしまった。ちーん。
結局警察から賄賂を求められ50000ルピア。日本円にして500円弱くらい。もともと二倍だったところ、学生だから金がないと頼んだら値下げしてくれたそう。そういうもんなんだろうか・・・はてさて。
インドネシアでも警察の給料は低い為、この様な事は頻繁に起こるらしい。おまけに高そうな車に乗っていればそれにたかってくるのは、当然といえば当然だろう。ティア曰く、車を運転していて、たとえばロータリーで少しでも間違った走りかたをしただけで、止められて賄賂を要求されることもしばしばという。市民を守る警察官・・・・かぁ。。。

さて、翌日、ジャカルタからスラウェシ島の南部、マカッサルまでのフライトはギリギリの予約だったため、席が確保できず、空港で直接買うことに。
しかーし、、ない!平日にもかかわらず、いつもなら空き空きにもかかわらず、今日はない!ついてなーい!
とほほ・・とその日のフライトをあきらめている頃にキャンセルがでて、離陸15分前に慌てて搭乗口に。
はい、一時間おくれ。
わー、インドネシアー。これが当たり前らしいです。
乗り場にインドネシア人以外は見当たらなく、かなりよそ者の雰囲気満々。飛行機に乗り込みリクライニングゼロのシートに首を痛めつつ約三時間後マカッサル着。この時すでに22時すぎ。さーてホテルなーし。どうしようか。

ということで駅まででホテル予約ゲットし、次の目的地、タナトラジャへのチケット手配、ガイド手配をすませ、ホテル直行。

ちょっと寂しくなって友達にSMSとか送っちゃったりしながらも、深い眠りへ。
しゅーしん。
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by sykkngw | 2006-03-14 20:03 | Journey to Indonesia

マラッカでは。

ただ飯くらってきました(笑)

結局思い悩んだけど、安全は金じゃ買えなってことに納得してクアラルンプールにもどってジャカルタまでの飛行機に乗ることにしました。

ドュマイからスマトラ縦断したかったんだけどねー。縦断するうちに見えてくる土地ごとの違いとか観察したかったんだけど、どうやら今スマトラは津波後なおさら人々は貧困に喘いでいて、どうやら治安は悪化しているそうです。ドュマイで起きてるトラブルとかを聞かせれて、びびったさや坊は帰ってきました。クアラルンプールに。私一見度胸あるように見せるのは得意なんだけど、実際びびりですから(笑)ええ、びびりで悪いですか?

昨日なんて夜一人で屋台にご飯食べいって、あまり人通りのないところを歩いてたら、自分の持っていた本が自分のズボンにすれてでた音にびびって、思わず周りキョロキョロしてしまいましたさ。それくらいびびりですとも。

まぁ、それはいいとして。昨夜はクアラルンプールの空港からバス、電車、バスを乗り継いで3,4時間かけてマラッカにいって、宿みつけて一日が過ぎていったんだけど、その途中で何人かいい出会いをしました。

最初のバスで出会ったインド人の女の子は結構がっちりした体格で、知り合うや否やすぐに手に持っていたインドのお菓子をすすめてくれました。それ凄まじい勢いで食べ終わったと思ったらふた袋目に突入。よくみるとお菓子が山のように入ったでかいバッグ持ち歩いていたから、びっくり。そしてちょっと納得。。彼女はマレーシアで留学中とのこと。

そのあとに電車に乗り換える際に駅のホームで知り合った二人のマレー人はいつもニコニコして私がマレー語聞きまくってもいやな顔一つせず一生懸命に教えてくれました。
電車の中でもつたないマレー語で『私は日本からきました』とかマレー語の練習をしていたら、そばに座っていたおじいさんも会話に加わってみんなで和気藹々。

そのとき新鮮だったのは、まったく知らないもの同士の青年二人とおじいさんが、いかにも昔からの知り合いのように親しげに話しているということ。おまけにそのおじいさん足が悪いから、電車から降りて荷物を自力で運べないっていうんで、青年たちが運んでいたんだけど、それするのが当たり前っていう姿勢でやっていたのにうれしい驚き。

電車降りてからはおじいさんにバス停まで車で乗っけてもらって、青年にチケット買ってもらって出発時間をまつ。小腹がすいたっていうんで、マレー料理のお店につれてってもらいました。そこでミーゴレンみたいなのとマレーシア風ミルクティーをご馳走になっちゃいました。(ただ飯1)
彼らはとてもナイスなやつらで、5月にマレーシアに帰ってくる際の再会を約束。ちなみにそのおじいさんにも21さいのおじょうさんがいるらしく、彼の家族に会う約束もしちゃいました。

そのままバスに揺られること2時間でマラッカ着。ローカルバスに乗り換え市内着。
そっからは宿さがして、だらだらして、中華系の屋台にいってご飯たべてきました。
いやぁ一人旅って自由だから好きだけど何がいやって食事だよね。夕飯一人で食べるときの寂しさってこりゃないよ。2年前にハンガリーで精一杯ホームシックになったときは寂しさのあまり夕飯のど通らなかったし(笑)

まぁこのときはそこまでじゃないけど、他の人に声かけられずちょっとロンリネスしていじけさや坊してました。

でもちょっと気になることがあったから傍にいる中華系のおじさんに尋ねた所から会話が始まり、結局飲み物やらおつまみみたいなのご馳走になっちゃいました。(ただ飯2)
彼はブルネイから仕事できてるらしく、彼自身も一人なので話し相手ができたのがうれしかったらしく妙に嬉しそうでした。んで屋台の中でやってるせりで私に黒の石のブレスレットを買ってくれました。お守りみたいです。何か悪い気もしたけど、せっかくだしありがたく頂いちゃいました。

んでびびりながら宿に帰って、シャワー浴びて寝たわけだけど。
体が極限に疲れてるはずなのに眠れない!多分その先の不安とかのせいで神経がさえてるのかもしれないけど、まったく眠れない。かるく拷問。

ようやく眠れたと思ったら蚊にさされまくったかゆみのせいで目が覚める。よくみたら30分も寝てない。くそーーー!ってことでかゆみ止めぬって虫除けかけて寝ました。マレーシアの蚊も結構つよいなぁ。てかマラリアとか、デング熱とかなりたくないなぁ。。。

さて翌日ってか今日。起きてから色々済ませ、近くの歴史建造物のあたりを回ることに。宿でただでチャリかりて最初に向かった場所で、どこからか何故か日本語の歌声が。。。

そこで歌を歌っていたジョンと知り合ったわけです。長髪にすれたパンツをはき、なよっとした彼と色々話しているうちに、彼の家族を紹介するっていうんで家に招待されました。まず子どもを学校まで向かえにいって、それから家でご飯たべるからおいでって。

彼の相当年代モノの車はドア壊れかけでちょっと大丈夫かぁ?という気もしなくもないけど、しっかり動いてました。ナタリー9歳とマーティン7歳を迎えにいってからおうちにお邪魔しました。

おうち自体はとてもこじんまりしているんだけど、その子どもたちの笑顔にたまならく胸をくすぐられました。最初は人見知りしてたけど、こっちが近づくうちに段々なれてきて、その距離が近くなっていくのがとても嬉しかったのです。

お父さん、ギター弾いてて家庭支えていけるのかな・・・って不安になるけど実際どうなんだろう。お母さんはブレスレット編んだりして、週末は旦那さんのとなりでそれを観光客に売っているそう。それ以外にも仕事しているんだろうな、きっと。忙しそうにしていたから。
そうやって旦那さんのやりたいことを支えているんだ。なんか物質的な豊かな生活が幸せを意味するんじゃないって、ちょっと実感した気がする。

そこまで困ってるわけではないけど、裕福でもない彼らは、とても家族への思いやりに満ちていてあったかかった。私をまるで昔からの知り合いのように迎えてくれて、マラッカでの家族ができちゃったかんじ。ここでもまた家庭料理をいただく。(ただ飯3)

奥さんお手製のブレスレットを右手につけてもらってから5月の再会を約束し、マラッカを出発。

今度はクアラルンプールまでの道中で知り合ったインド人の奥様二人組みと親しくなり、タミル語を教えてもらったりしていたら、インドに招待されちゃいました。いかなきゃ。
さらにインドの既婚の女性がおでこにつけるビンディー?あれをつけてもらって、ネックレスやらブレスレットやらをお守りとしていただいて、インドでの再会を約束してさようなら。

適当にたちよったゲストハウスにチェックインしたあとは、近くのインディアン料理屋にGO。
そこで知り合ったマラッカ出身の男性とご飯たべてお話して今に至ります。

さすがに疲れた。ので

寝ます。

おやすみなさい。

てか明日はジャカルタじゃ。待ってろ、インドネシア。
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by sykkngw | 2006-03-11 02:00 | Journey to Indonesia

I'm in Malaysia and stuck here!

This morning, I took a flight to Kuala Lumpur from Bangkok.
And from there I came to Melaka to take a boat to Sumatera in Indonesia.
I met some nice people and had a nice trip to here. Even I was tired, I enjoyed it. Then, I plan to take a boat to Dumai in Indonesia tomorrow.

BUT!!!

The owener of the guesthouse said that traveling Dumai by myself is kind of dangerous. So he doesn't recommend to do it.

Shit,,,,, Actually I also can take a boat to another port in Indonesia from Melaka. So I may do it.
And another way is going back to Kuala Lumpur and take a flight to Jakarta directlly.

Umm... It means today's travel was waste of time and money. (Of course I met some nice fellows during this trip...but) So I wanna avoid it, if I can...

I don't know where to go really. I'm kinda stuck now.
I'm just looking at the air asia's website at checking the price now.

I should ask the guy in the guesthouse again.

Anyway, I hope I can get back without any problem....
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by sykkngw | 2006-03-09 22:02 | Journey to Indonesia