仏陀の教えと皮肉な彼

そういえばの話。
聖なる町、VARANASIから1時間程はなれたところに仏陀が悟りを開いてから初めて教えを説いた町、SARNATHがある。巡礼者、世界各国からの観光客、牛でごった返すVARANASIを抜けてその町へ向かった。VARANASIで偶然にもであったタイの仏教の僧侶の紹介を経てなぜか彼らの暮らす中国の僧院にお邪魔することになった。久々のタイ語はぎこちなく、以前のように話せないもどかしさもあったが、インドネシアにきてからというもの一切話すチャンスがなかった私にとってとても嬉しいことだった。ラッキーにも僧院でタイ料理を頂いてこれまた満足。

さてこの地は仏陀ゆかりの地ということで僧侶であふれている。至るところにさまざまな国からの僧院があり、人々はそれらを訪れては熱心に祈っている。チベット、中国、タイ、日本、ビルマ、ラオス、ベトナム、ブータンなどなど。私たちは中国僧院に一泊、日本の寺に一泊した。

そんな静かな地をのんびりと散歩したり人々と話したりと時間をすごしていたのだが、夕飯をたべようとチベット料理の屋台に行ったときの話。
私たちが料理に舌鼓を打っていると、アメリカ人のロブがやってきた。小柄ながらとても力に溢れていてやたらパキパキ動く。話し始めると、どうやら彼はチベット仏教徒でもう35年も勉強しているらしい。チベットでも勉強したり3年間スリランカのジャングルで外界とのコンタクトを一切断ち、瞑想し続けるという修行まで積んできたらしい。彼はまるでアニメのキャラクターのように目を大きく見開きながら誇らしげに彼の尊敬する僧侶や教えについて語っていた。
子供まで持ちながら家族と離れて修行に没頭するというのは少々理解に困るけれども、その話自体は興味深くはあった。

翌日私と相棒が道を歩いているとまた彼に会った。道端で話し始めているとどこからともなく物乞いの女の子が近寄ってきて(非常に日常的な光景)お金をせがんできた。私と相棒は苦笑いを浮かべながら、丁重に断ろうとしていたのだが、そのアメリカ人の彼はあからさまに苛立ちを見せ、犬を追い払うかのように(たとえ犬でもいけないが)その女の子を大きな身振りで追い払ったので、私は驚きを隠せなかった。

35年の『修行』は彼に一体何を及ぼしたのだろう。

立派な教え、有名な経典を読み、僧侶を尊敬するのももちろん素晴らしいが、実際は灯台もと暗しで、自分の周囲を見ずして高き理想を追い求めているという皮肉な状態を彼に見た。そしてこれは彼だけではなくよく起こりうることでもある。人の振り見て我振りなおす。

はい。
そんなお話。
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by sykkngw | 2008-02-01 15:47 | きままに旅日記。
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